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2006.08.26

刀の始末

お盆に祖母が亡くなったもんで殺生自粛中で今週も出港ナシなオレサマである。
老夫婦においては、妻の死からほどなく、夫がつられたように亡くなってしまうという話をよく聞く。
ということは、100歳の祖父もヤバいんじゃないか?と、一族一同考えた。
面倒くさがって先送りにしていた祖父宅の物品の整理をキッチリやらねばならない時が近付いて来たというワケだ。
物品の整理、つまり、物を捨てられない性質の祖父が溜め込みまくったガラクタを、祖父宅のある自治体の分別の仕方に従いセッセと仕分けして捨てていくワケだ。
量が膨大ではあるが、分別に窮するような変なモノはなく、問題なく進められる作業なのじゃが、唯一、始末の仕方についてワシ等を悩ませるブツが1つある。
一口の日本刀である。
刀を愛でる趣味のある者が親族中に誰も居ないので、古具屋か刀剣屋に預けよう、というトコロまではスグ決まったのじゃが、誰がそれをするかとなると、怖いから刀なんか触りたくない見たくもない!と全員が敬遠→時代劇好きのアンタなら抵抗ないでしょ!と、オレサマにお鉢が回ってきた。
お鉢は回ってきたが、気安く触っては危険だ!と言って、オレサマはいまだ現物を見せてもらっていない。
そもそもその刀をしっかり見た者がいないので、刀の銘を知っている者もいない。
銘も分からないままで、どうやって刀剣屋と交渉するというのだ?と問うと、祖父の若い頃のアルバムに日本刀を携えた写真が何枚かあり、写真の横に刀の解説が書き込んであったハズだ、と言う。
ので、アルバムを探し出して見てみると、あった、日本刀を携え自慢気に仁王立ちする若き祖父の写真が。
写真の横には『愛刀・胴田貫延寿太郎宗広・二尺六寸五分と共に』と書き添えてある。
銘が判明したので、どういった刀なのかググってみると、肥後の鍛冶・胴田貫一派で幕末の頃に十代目嫡孫と称した宗広の手による刀らしい。宗広の手によるもので状態の良いモノは現在300万超えで取引されているらしいことも分かった。大変喜ばしい(笑)
幕末の頃の肥後の刀ということは、肥前の人であった曾祖父の愛刀であった可能性が高い。
“父より譲られし胴田貫”とかいう記述がないかと、アルバムをさらにめくると、若き祖父が大勢の集まった講堂の壇上でなにやら詠じている写真の横に“胴田貫”の文字を見つけた。
『昭和17年4月某日。某・詩吟大会にて優勝。続いて次の大会でも優勝。銀の盾と胴田貫延寿太郎の一口を賜る』……て、詩吟大会の優勝商品かい!(笑)
ご先祖さんの愛刀かと期待したのに景品かよ!(笑)ま、でも、出所はともかく、本物の宗広であれば構わん!なにしろ300万円超え!と、気を取り直し、さらにアルバムのページをめくっていると、また胴田貫を携えた祖父の写真が出てきた。
そして、その横には『愛刀・胴田貫。敗戦の折、井戸に投ず。哀惜』との記述……
井戸に投ずぅ~??どういうことだー?と、書き込みの続きを読み進めると、敗戦で米軍に愛刀を没収されることを恐れた祖父は、とある井戸に胴田貫を隠した→敗戦のドサクサが治まるのを待ち、頃合いをみて、胴田貫を回収に井戸を訪れた→が、そこには胴田貫はなかった→誰かに盗られてしまっていたらしい→胴田貫紛失。祖父ガックリ。
……何やってんだよジイちゃんorz
サラバ300万超えだったかもしれない胴田貫(涙)期待させやがって…(涙)で、結局、現在祖父宅にある刀は何なんだか今のところ不明でござる。さて、どうしたものですかいのーう。

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